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さまざまな選択ができる
新発想の「オルタナティブ・トイレ」2020.04.06 | INTERVIEW
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LIXILの新社屋(東京都江東区大島)に完成した「オルタナティブ・トイレ」。建築家の永山祐子さんとLIXILのコラボレーションから生まれた「自分にあった個室を選択できる」新発想のトイレである。これから求められるジェンダーを越えたトイレの未来像を、永山さんとLIXILの石原雄太さんに聞いた。
男女共用トイレの必要性をきっかけに生まれた
オルタナティブ(選択肢)という発想石原:5年ほど前から、トランスジェンダー※の方がトイレに困っているという声が多く寄せられるようになり、特にオフィスのトイレが課題になっています。そこで永山祐子さん始め建築家、デザイナーに協力をお願いして、さまざまな意見を伺いながら新しいトイレの姿を模索してきました。そこから「男女共用トイレ」が使いやすそうだという方向性は見えてきたのですが、具体的な姿はなかなか浮かんできませんでした。
永山:トランスジェンダーとトイレの関係を考えた経験は、それまでありませんでした。クライアントからは、要望を言い出しにくいテーマかもしれません。確かに「男女共用」でトイレの性差を無くすことはできますが、LIXILのとったアンケートには否定的な意見も見られました。私自身も頭では分かっても本能的な抵抗感があります。一方で、飛行機や列車では男女共用のトイレが問題なく使われています。それをひもとくことで建築的な解決方法があると考えました。
永山:私も子どもが小さかった頃は、トイレで苦労してきました。休日のショッピングセンターに行くと、多機能トイレの前にベビーカーの列が並んでいます。ベビーカーを押して普通のトイレに入るのは難しく、子ども2人を連れて小さなブース内でぎゅうぎゅうになることもありました。今はトイレの口コミアプリがあり、トイレの評判のいい施設はファミリー層に人気です。ジェンダーだけでなく子育て世代や高齢者にとっても、新しいトイレが求められていると感じます。
石原:従来は施設側が利用者を想定して、男性、女性、障害者、高齢者に必要と思われるトイレを用意してきましたが、永山さんが体験されたように、多機能トイレを子連れの方やトランスジェンダーの方が利用するケースが増えています。想定と現実にズレが出ているのは確かです。
永山:そうしたズレを解消するため、施設側が利用方法を限定するのではなく、色々なトイレの選択肢を用意して、使う人に選んでもらおうという発想が生まれました。それを具体化したのが「オルタナティブ・トイレ」です。今回、LIXIL新社屋のために設計したプランでは、トイレの選択肢として、男女共用3室(うち多機能トイレ1室)、女性用2室、男性用2室、男性用小便器2室を用意しています。
永山:飛行機や列車は、死角のないオープンな場所にトイレがあり、それによって男女共用が成立しています。その一方、オフィスのトイレは男女別々にドアがあり、その中にまた個室のドアがある死角の多いプランです。そこで「オルタナティブ・トイレ」はオフィスの通路の延長線上に明るい1室空間を設け、中央の通路脇に男女共用トイレ、そこから右へ曲がると女性向け、左に曲がると男性向けと扉のないゾーン分けを行いました。また男女共用トイレを設けたメリットとして、個室数が少なくなりスペースに余裕が出ます。そこを利用して、入り口の手前にソファを置いたレストスペースを設けました。
石原:このプランを見たときは衝撃をうけました。自由な選択肢を与えるという発想は今までのトイレになかったものです。入り口に設置したモニターには「自分にあった個室をお選びください。」というメッセージを掲示し、各個室の案内図が見られます。このフロアではイベントを開くことも多く、レストスペースが休憩や携帯電話を使う場に利用されています。トイレがフロア全体の価値を向上させたと感じます。
建築の敷地のように
トイレスペースを見立てる永山:敷地の条件にあわせて建物を建てるように、トイレの配置を建築的に解決できたのが面白かったです。トイレ群を大きめの家具という感覚で設計し、この丸っこいキャラクターをもった家具を左右に分けて2つ配置することで開放された雰囲気をだせました。角のない緩やかな回遊動線によって行き止まりを無くし、男女がすれ違っても気にならないよう配慮しています。建築の設計初期から参加できたので、外部に開かれた窓をあけてもらい、自然光と植栽によってトイレの密室感を払拭できました。
石原:男女共用で気になるのは匂いや音という声が多かったため、個室の壁を厚くして床から天井まで隙間をなくし、ドアも密閉度の高いものにしています。個室の安心感が高いのも、このプランを実現できた鍵になっています。小便器の個室は珍しいですが、小便器は欲しいという世代の声を受けて今回は設けました。
永山:オープンに並んだ小便器は嫌という声も聞き、全ての男性が現状の小便器をよしとしていない実情もわかりました。私も子どもが生まれてからトイレに対する要望が大きく変わりましたし、社会の状況によっても求められるものは変化します。最近設計したデパートの「ベビー休憩室」では、従来は母と子の場所であったベビー休憩室を、父親やお爺ちゃんも入りやすいオープンな空間にしました。育休をとって子連れで行動するアクティブな父親も増えるなか、パステルカラーや可愛らしいデザインでは時代に合わなくなっています。トイレだけでなくさまざまな空間に、オールジェンダーな発想が必要とされていると感じます。
石原:自社オフィスのトイレということもあり、いま利用状況を調査しています。男女専用に入る人が多いですが、設備の整った広い男女共用を好む人もいて、これから分析を進めます。男女共用だけだと社内から不満が出たと思いますが、柔軟に選択できることが良かったです。面積的には通常のオフィスのトイレと変わりませんし、さまざまな施設に応用できるプランといえるでしょう。
永山:LIXILのようなメーカーが、トランスジェンダーというテーマに取り組み、いち早く具体的な回答を示したことは、時代を先読みした空間提案を意識しているからでしょう。プロダクトは本来、生活のなかのシチュエーションに応じて開発されるべきですが、多くはモノとして開発されてきたと感じます。例えば男女共用トイレにはベビーベッドを設置しましたが、トイレ内のベビーベッドは、どのような形が理想かというテーマが生まれました。そうしたシチュエーションを発見することも、こうした試みの価値のひとつです。
永山:今回はトランスジェンダーをテーマとしてプロジェクトが始まりましたが、結果的にはみんなの快適なトイレを提案することになりました。ひとつの切り口が全員の課題につながり、私たちが最も快適に過ごせる環境に近づいていけた。それこそが本当のグローバリズムではないでしょうか。さまざまな場所のトイレを、その日の気分やシーンに合わせて選んで使うという方向に変化させていきたい。これからは増々オーダーメイドなトイレ空間が求められ、時代によってさらに進化していくと思います。
- 永山祐子(ながやま・ゆうこ)
- 昭和女子大学生活科学部生活環境学科卒業。青木淳建築計画事務所勤務を経て、2002年に永山祐子建築設計を設立。現在、2020年のドバイ万博日本館をはじめ超高層などの設計を進めている。2014年日本建築家協会 JIA新人賞(豊島横尾館)、2017年 山梨建築文化賞(女神の森セントラルガーデン)など受賞多数
- 石原雄太(いしはら・ゆうた)
- 1973年東京生まれ。2005年にLIXIL(当時INAX)に入社。スペースプランニング部に所属し、マンションやホテルの水まわり、パブリックトイレの空間提案に従事
株式会社LIXIL
- TEL. 0120-179-400
- URL. www.lixil.co.jp